人足寄場は囚人の収容施設でなく、「厚生と授産」を目的とした
社会政策。
世界的に見て、近代的な厚生施設のさきがけでした。
対象は犯罪者のなかでも、やり直しが可能な者。
残酷な殺人者などは、捕まえてからたった5日で死刑執行。
島から逃げ出した者には、重い刑が待っている。
食べていけないから、無差別殺人をして、一生刑務所で
暮らしたい、というわけにはいきません。
寄り場の仕事内容は、
大工、塗師、紙すき、油絞り、」精米、草履作りなど、
さらに、石門心学など、の精神教育も行ない、
給料は三分の一を預かり、訓練期間を終え、島から出るとき、
生活費にする。
また、寄場の運営資金が削られたとき、鬼平は
銭の価値が低いとき、幕府にたのんで大金を借り、
銭の価値が高くなった時売り、稼いだお金で
寄場の運営資金にした。
周りから批判も多かったらしいが、無視。
若いときヤバいことを、いっぱいやってきた経験から出来たこと。
40年後、遠山の金さんが、鬼平にあこがれて、
わざわざ鬼平と同じ家に住むのも無理はないと思います。
両国駅の少し南に二人の住まいがあり、二人そろって記念碑があります。






